Scrappy (シカゴ)

70年代後半、クラブWarehouseでFrankie Knucklesらと
イベントを行っていたDavid "Medusa" Sheltonは
1983年10月に新しいクラブ"Medusa's"をオープン。


一番上の家マーク。中心部からは少し離れていますね。


大阪で言うと大日のイオンあたりです。

当時コロラド州デンバーからシカゴに移転してきたレコードショップ
"Wax Trax!"がベルギーのFRONT242を紹介していたため
エレクトロ、ハウス、インダストリアル、ニューウェーブが
ごちゃ混ぜにかかると大人気のクラブになりました。


Front 242 - Headhunter (1988)

しかしMedusa'sは住宅街にあったため、付近住民から迷惑がられます。
1987年、深夜から朝10時まではジュースバーを閉店せよという
条例が通りWarehouseやMusic Boxも影響を被りました。
皮肉なことに、Medusa'sは早い時間の営業だったため免れました。

健全な時間にノンアルコールで盛り上がっていたMedusa'sに
一人の個性的なDJがやってきました。シカゴ生まれのDJ
Jonathan "Scrappy" GilbertはハウスとニューウェイヴをMIXし
アシッドハウスという言葉をシカゴのクラブに広めます。



Scrappy & The Box Boyz - Desire (1988)
彼はインダストリアルのユニットDie Warzauを雇い
スタジオで自分の曲を作り始めました。
どうりでリズムがハウスじゃなくてゴツゴツしていますね。
この曲はUKのアシッドハウスコンピだけで聴けます。



Scrappy – Touch Me (1988)
ハウスのリズムになりましたがブレイクが特徴的。
シカゴは昔から変な曲でも気にせず作るのが最高です。



VL & The Porch Monkeys - Hello Lover (1988)
Die Warzauのメンバーが別バージョンも作成。
どっちもボツなのかコンピでしか聴けない、地味な対決です。



Scrappy - Love Motion (1989)
裏面がヒップハウスなのですが動画がありませんでした。
この曲もメガミックス調でかっこいいですね。



Derrick May
「Medusa'sに行ったのは人生最悪の日だったな。
 受付のやつがゲストリストを見せて
  『ここはお前みたいなのが来るところじゃない、
   Power Plantがお似合いだ』なんて言うから
 思い切りぶん殴ったら気絶してしまったんだ。
 おかげで俺は21歳の誕生日を留置所で迎える羽目になった!」
 

Rhythm Is Rhythm - Strings Of Life LIVE (1989)

RA:Medusa's: Chicago's missing link
Scrappy Beats!
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