Jesse Saunders (後編)

1983年11月
Jesseは盗まれたレコードをレコード屋で探すも見つからず。
「あれは自分自身で曲を作れっていう神のお告げなんだろうな。」
おぼろげな記憶をたどってベースを打ち込み、リズムをつくり、
ラップを少し入れてOn&Onのカバーを完成させました。

「シカゴの大きなレコード屋"Importes"はDJがたむろする場所
 だったんだけど、そこの店長がある日、お前がPlaygroundで
 かけたトラックは何だって聞いてきたんだ。客からの問い合わせが
 多いんだけど何の曲だかわからないってね。Mixテープを聞かせたら
 それは俺の作ったOn&Onだった。店長はこれがレコードになったら
 あるだけ全部買うっていうじゃないか。俺はそれで決心したんだ。」


1983年12月
Jesseは出来上がったマスターテープをVince父のMitchbalではなく
直接プレス工場"Precision"のラリーシャーマンへ持って行きました。
最初にできた曲"Fantasy"をプレスするといいながら、金銭面の問題から
なかなかやってくれないVince父にあきれていたのです。
レコードは1000枚プレスされ、約束どおり全部買ってもらえました。

Vince Lawrence
「DJなんてクソだな!なんてもんでね。もうPlaygroundでパーティーさ。
 その晩はDJも照明もやらなかったね。だってぼくは30ドルのバイト代が
 欲しくてそこにいたわけじゃないからね。女が欲しくていたんだ。
 ああ、これでよりでっかく女をゲットできる方法を見つけたな!ってね」
※1


Jesse Saunders ‎– On And On (1984)

1984年1月  "On&On" JesSay Recordsからリリース。
1984年2月?  "Fantasy" Mitchbal Recordsからリリース。
作ったのはFantasyの方が早いのですが、プレスが遅かったため
世界初のハウスレコードはOn&Onになりました。
(レコードになったのが初めてで、ハウス自体はJamie Principleなど
これ以前から存在。オープンリールやテープでプレイされていました。)
ラリーシャーマン


zfactor.jpg
Mitchbalから84年に発売されたZ-Factorのアルバム。
このリリース時にはまだお金がなく、カラーコピーしたものを
無地のレコードジャケットに貼って売っていました。


Z-Factor - I Am The DJ (1984)
早めのラップ入りエレクトロ。
間奏の3:28に「オ~ウ、たまんな~い」という謎の日本語が!


1984年4月
Playgroundで働いていたDuane Bufordという男はフェンダー
ローズピアノをうまく弾きこなすミュージシャン。
ある日のこと、彼はつきあっている彼女が他の男と歩いて
どこかへ行ってしまったと友人から聞かされます。Jesseらは
あの女、めちゃくちゃにしてやると一晩中一緒に悲しみました。

めちゃくちゃにする(Fuck You Up)。Jesseはこのフレーズにピンときました。
よし、彼の未練を断ち切るためこれを元に新曲を作ろう。
そのままじゃまずいから、"Funk You Up"でどうだろう。


Jesse Saunders ‎– Funk You Up (1984)

未練タラタラの男に対し、「もう醒めたし寝ちゃった。バイバイ!」
とあっさりした女とのかけあい。こうしてできた"Funk You Up"は
大ヒットし、初めてビルボード入りしたハウスレコードになりました。

「ABCテレビが撮影に来たときのことだ。
 俺の曲で踊っているPlaygroundのお客さんが映り、
 俺のレコードがいっぱい飾られてるレコード屋が映った。
 『彼らは数日で千枚ものレコードを販売した』なんて字幕入りでね。
 Vinceと俺はインタビューされ、調子に乗ってカメラの前で
 『次世代のモータウンになってやる!』と言ってやった。」


このテレビ番組は、他のDJたちに火をつけてしまいました。
「あんなクソ野郎のリズムトラック、俺だって作れるぜ!」
DJたちはわれ先にと自作曲のレコード作りに取りかかります。
Vinceは何とか邪魔しようと試みましたが、時間の問題でした。
Marshall Jefferson (前編)



Jesse's Gang with Farley "Funkin" Kieth ‎– Real Love (1985)

1985年
TRAX1番のリリース、Jamie Principleの無断カバー問題を経て
JesseとDuaneはバンドを結成することにしました。
Farley "Funkin" Kiethのスクラッチを入れ、Jesseが歌ったこの曲は
Farleyがラジオでヘビープレイし、3万5千枚の大ヒットになりました。
これを受けてバンドは大手Geffen Recordsと契約。

「すぐに話を盛るVinceはGeffenで信頼をなくし干されたんだけど
 俺はアルバムをリリースすることができた。すごいのが、その時
 バックコーラスをやったのが無名時代のAxel Roseなんだ。」


The Browns ‎– What's That (1985)

「(Dance Maniaのレーベルオーナー)Ray Barneyは
 Vince Lawrence、Jesse Saunders、Duane Bufordと出会い、
 Jesse’s Gangとして一緒に曲を作るようになった。特に彼は
 キーボーディストのBufordと仲良くなった。ある日、Bufordが
 "What's That"という曲を作曲し、Saundersが出版を手伝った事があった。
 この時、BufordはDance Mania Recordsという名前を使った。」
※2

1985年 Dance Mania (Jes Say)  The Browns発売。
1986年 Dance Mania1番     Duane and Co.発売。
1986年 Love Can't Turn Around発売。

こうして、今日のJUKEへつながるシカゴハウスは始まりました。
はじめてのハウスレコード、ビルボード入り、UKヒット
TRAX・DanceManiaの初盤リリースすべてに関わっているってすごいですね。


※1 ブラック・マシン・ミュージック―ディスコ、ハウス、デトロイト・テクノより
※2 RA Dance Mania:ゲットー・ハウス界のMotownより
※Jonathan Fleming What Kind of House Party Is This?
※Jesse Saunders House Music: The Real Story
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