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Stacey Paton (オランダ)


Stacey Paton (左)(1969.1.31~)はオランダのラッパー。
身長183cm、靴26.5cm、日本の鉄板焼きが好物。



Turn Up The Music (1990)
幼い頃から音楽の才能を見つけられていた彼はプロデューサー兼
ラッパー兼ダンサーとしてさまざまなユニットを手伝い、
自作のヒップハウスをリリースします。


Wanna Know Where The Groove Is (1991)
売り上げこそ振るわなかったものの、業界で名前が売れ
1990年人気絶頂のTwenty 4 Sevenにサポートメンバーとして
加入、ヨーロッパツアーに同行することになります。
よく知らないまま参加した彼は、行く先々で有名になりました。



Twenty 4 Seven Feat. Stay-C And Nance ‎– Slave To The Music (1993)
翌1991年、メインラッパーCaptain Hollywoodが脱退。
2年間の活動停止に陥ったTwnty 4 Sevenは彼に白羽の矢を立てました。
一刻も早く再開したいプロデューサーにとって、ラップができて
顔の売れている彼は好都合だったのです。


その後、90年代後半には落ち目になってしまったTwenty 4 Seven。
彼は今時ユーロダンスはない、ポップな歌モノの時代だと主張しましたが
プロデューサーRuud van Rijenが速いユーロ命だったので
脱退とソロ活動を決意しました。



Stay-C Paton ‎– Blue (Da Ba Dee) (1999)
その年の夏、彼はプロデュースされる形で念願のポップソングをリリース。
1998年、Cher "Believe"によってヒットしたAutoTuneを過剰にかける手法で
南アフリカ、南アメリカ、日本でヒットしました。おそらくこの時に
日本の鉄板焼きを食べたんでしょうかね。



Eiffel 65 - Blue (Da Ba Dee) (1999)
まもなくして、この曲はプロデューサー自らEiffel65として
カバーすることになりました。こちらのバージョンは
世界中で大ヒットしヨーロッパ中でベスト1、2001年には
グラミー賞にノミネートされるまでにいたりました。

彼のバージョンは今現在、Wikipediaに全く載っていません(悲)
Wikipedia "Blue (Da Ba Dee)"
しかし儲かったみたいで、会社を設立したり、Twenty 4 Sevenを
再開したり、楽しくやっているようです。
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