D.J. Tonka (ドイツ)


D.J. Tonka (Thomas-René Gerlach, June 24, 1973-) はドイツのDJ。
90年代にForce Inc U.S.からディスコハウスでヒットを飛ばしました。
40,000枚のレコードを持ち、Grandmaster FlashとDepeche Modeに
影響を受けた彼は、DE LA SOULをスクラッチごと
サンプリングするなど斬新なアイデアのハウスを作りました。
今回はヒップハウスの視点から彼の曲を見てみましょう。



T'N'I & Alec Empire - Trip Men (1991)
クラスメートのIan PooleyにAlec Empireを加えた3人の曲。
3人とも同世代で、この時はまだ18歳!
UK通過っぽいアシッドヒップハウスです。



Paradise Programme - Deep Green (T'N'I Remix) (1992)
Jam&Spoonの片割れJam El Marプロデュースの
ヒップハウスラッパーB.G. The Prince Of Rapの曲をリミックス。
きれいめトランスなヒップハウスに仕上がっています。



D.J. TONKA vs Deskee - Feel The Street (1996)
90年代初頭にWESTBAMのプロデュースにより
ヒップハウスHITを連発したDESKEEを起用。
サンプリングを全然違う風に聞かせるテクニックは
のちのDaft Punkにも影響を与えました。



D.J. TONKA vs Deskee - Get on Up (1996)
こっちの方がより直球なヒップハウスですね。
シャキシャキの程よくはねたリズムが早めでもいける
90年代テクノパーティーな感じでかっこいいです。



Salt 'N' Pepa - Push It (DJ Tonka Remix) (1999)
1987年に発売された大ヒット曲のリミックス。
出てくる人全員の服装がアーリー90'Sなんですが
クレジットが入ってるので99年製作なのかな?

DMX Krewや彼のように、時代に流されず好きなもの
いつまでも愛し続ける人ってかっこいいです。



ビッグビートが掘り起こした"邪道ハウス"の世界
DJ TONKAのあれこれ
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ロシアのヒップハウス

ソビエト社会主義共和国連邦は、十月革命によって成立した
ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国を前身とした、
1922年に成立し、1991年に解体消滅した連邦国家である。
(Wikipedia - ソビエト連邦)

世界中でブームになったヒップハウスはロシアでも流行りました。
ソ連が崩壊した91年~93年ごろのヒップハウスを見てみましょう。



Клуб 55 - Мы с тобой (1993)
Союз 8 (Дэнс-Микс) というカセットコンピのみで発売。
Клуб 55 (CLUB55)というのはベラルーシのクラブかカフェの
名前なので、お店のコンピでしょうか。今回紹介する曲はすべて
ベラルーシにいる世界一のヒップハウスマニアによって明かされました。



Лика - Наш стиль (1993)
英語だとLikaと読むらしいです。彼女は売れていて
5枚のアルバムとシングルをリリースしています。



Теле-Поп-Шоу - Танцуй в темноте (1991)
かっこいいハウス。この人もカセットがメインです。
カセットはラップだけじゃなくシャンソンなども適当に放り込まれてる
コンピで、入手は相当に難しいと思われます。



Богдан Титомир - Ерунда (1992)
Car-ManというグループでロシアNo.1ヒットを生み出していた
Богдан Титомирのソロ。
彼は初期ロシアンラッパーで最も成功し、今も活動しているようです。



Взгляд МС - Радиосигнал
もはや検索しても何も出てこない!。YouTubeのコメント欄も
昔親父のテープで聴いたことがある、みたいなおぼろげ情報。
Discogsの更新が現地の人しかできないので謎だらけです。
曲はカッコイイし女の人も綺麗です。
ヒップハウスの世界へようこそ
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