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Steve "Silk" Hurley (シカゴ)


Steve "Silk" Hurley (左)(Nov. 9, 1962~)はシカゴのプロデューサー。
10歳の頃に組んでいたダンスチームで、天然パーマだったために
"Silk(アメリカでトウモロコシの毛という意味)"というあだ名がつきました。
DJをはじめてからは「Silk(絹)というだけあって繋ぎがスムーズ!」
と言われたため、気に入って使い続けています。

厳しい両親の元で育った彼は、WarehouseでのFrankie Knucklesを
見ることができませんでした。やがて実家を出て、彼はキッズの集まる
ノーアルコールのクラブPlaygroundで働くようになり、
Farley "Jackmaster" Funkとハウスオンリーのイベントを始めます。

当時はテープでMixされるJamie Principleの曲が圧倒的な人気で
彼もテープの闇コピーを手に入れてはDJを盛り上げました。そして
自らもディスコEDITを作り、ミックスに取り入れるようになります。



J.M. Silk - Shadows of Your Love (1986)
Music Is The Key、I Can't Turn Aroundに続くリリース。
サンテレビのキャバレーCM感あるムービーがいいですね。
ビートは重く、ディスコの名残残る歌モノハウス。

Steve "Silk" Hurley
「Music Is The Keyは最初、自分で歌おうと思ってたんだけど甘かった。
 スタジオで自分の歌ったものを自分で聞くのに耐えられなかったんだ。
 だからKeith Nunnalyをメインボーカルに雇うことにした。」

この曲も歌っているのはKeith Nunnalyで、Steveはたまに写るヒゲの人です。



Sampson "Butch" Moore ‎– House Beat Box (1986)
上の曲でバックボーカルを担当していたSampson "Butch" Moore。
こういうさわやかな歌モノの頭になぜか変なボイス連呼を
入れてくるのがシカゴのおかしなところ。



Risse - House Train (1987)
Mike "hitman" Wilsonとの競作。Jack Your Bodyのヒットを経て
ニューヨーク、ロンドン、シカゴ、デトロイト、House列車はどこまでも。


名前を売った彼はここから数々のリミックスワークを経て
1992年にはMichael JacksonのRemixを手がけるまでにいたります。
その過程でラッパーをヒップハウスでプロデュースしました。


M.Doc - It's Percussion (1988)
ラッパーMarc Williamsをフィーチャーしたヒップハウス。
ラップを重視したためか、珍しくあっさりしたトラックです。



2 Raw - We Got The Funk (1990)
同じくMarc Williams。アパッチネタのファンキーなヒップハウス。
音楽を始めるきっかけだったJamie Principleとプロデュースしています。



Mellow Man Ace - Welcome to My Groove (1990)
Delicious Vinylからデビューしたラッパー。
MFSB - K-Jeeネタのさわやかなヒップハウス、歌とのバランスが最高。
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Love Can't Turn Around

1.Steve "Silk" Hurley

1984年
Steve Hurley(左・ピンク)はFarley Keith(右)とルームメイトでした。
当時クラブでヒットしたJamie Principleに影響を受け曲作りを開始。
既にシカゴのラジオ局WBMX、WGCIでプレイしていた彼は
Isaac Hayesの "I Can't Turn Around" をリメイクし、
テープに録音してミックスショーに取り入れました。


I Can't Turn Around (リリースは1986)

1985年 いよいよ次はオリジナルです。
"Music is the Key"と題したリズムトラックだけの曲を持って
先輩DJのJesse Saundersにアドバイスをもらうことにしました。


Jesse Saunders
「なかなかいい感じ。でも、大きく売れたいなら歌詞を書いて
 ボーカルを入れたらいいんじゃないかな。いいのができたら
 うちのJes Sayレーベルから出すし、また聞かせてよ。」


Music Is The Key (1985)
言われたとおり歌入りに改良し、Farleyと一緒にミックスして完成。
しかし、彼はリリースをJes Sayではなく、Rocky Jonesという男が
新しく始めたレーベル、D.J.Internationalに持って行きます。

2.Farley "Jackmaster" Funk
はじめて自分の曲を出すことになったSteveは、この機会に
名前をSteve "Jackmaster" Silkにしようと思いつきました。
これはいい考えだと、ルームメイトのFarleyにも相談します。ところが…

Farley Keith
「おい何を言ってるんだ?俺が最近かけてるダブプレートで
 Jack!Jack!って言ってるじゃねえか。俺こそがJackmasterだ!」



Jack The Bass (1985)

頭にきたFarley KeithはSteveに発表させてなるものかと
いち早くラジオ局を訪れ、生放送のマイクに向かいます。

「ハロー!Farley "Funkin" Keithはたった今死にました。
 新しくFarley "Jackmaster" Funkとして生まれ変わりまーす!」


ラジオを聞いていたSteveは、がっくりと肩を落としました。
Jackmasterはもう使えず、J.M.Silkという略称で妥協するしかありません。

3.Jesse Saunders
Farley "Jackmaster" FunkはJesse Saundersの元を訪れました。

Farley "Jackmaster" Funk
「SteveのやつがI Can't Turn Aroundのハウス版作ってるけど
 いつまでもリリースしないんで、俺らで発売しちゃいませんか?
 このあたりでかっこよく曲作りできるのはアンタしかいないなーなんて」

おだてられてその気になったJesseは、Steveが自分のレーベルでなく
D.J.Internationalから発売したこともあり、承諾することにしました。

Jesseはさっそく、いつものメンバーを招集します。
Vince Lawrenceは歌詞を書き、Duane Bufordはピアノソロを。
Farleyはドラムトラックを作成。Jesseはバンドのメンバー
Jurhonda Pattonと一緒にバックコーラスを担当しました。

あとは、ソウルフルな男性ボーカルが必要でした。
知り合いに片っぱしから呼びかけたものの、一人を除いて
誰もやってくれそうにはありません。

4.Darryl Pandy

その一人、Darryl Pandyは教会のシンガー。
彼はだれかれ構わず付きまとい、無視しててもグイグイくる
タイプだったのでみんな一緒にやりたくなかったのでした。

5オクターブの声域を持つ彼。試しに狭いレンジで男らしく
歌ってもらうようリクエストしたところ、これがバッチリハマりました。
1986年8月、Love Can't Turn Aroundはついに完成。
Farleyのレーベル、House Recordsからリリースされました。

5.I'm the fucking Jackmaster
発売から1ヶ月。JesseはFarleyとRocky Jonesに呼びだされました。
かなり売れたから、取り分をチェックして欲しいという。
それぞれ1万ドル、Jesseは何か怪しいと感じつつも受け取りました。

それからしばらくして、彼はUKツアーに出かけます。
ロンドンのヴァージンメガストアでDJしていると、後ろで
Vinceが何やら騒いでいる。それだけじゃない、何か聞き覚えのある声だ。


振り返って彼が見たのは、UKの人気番組Top Of The Popsで
気持ちよく歌っているDarryl Pandyでした。
Rocky JonesはJesseに内緒でビデオを作り、Farley単独の曲ということにして
UKに売り込みに行き、チャート2位の大成功をしていたのでした。


uk1.jpg
FarleyとRockyは用意周到にUK BBCのDJとJesseの
古いマネージャーを取り込み、Jesseの名義を消そうとしていました。

Jesse Saunders
「そりゃあ、俺だって悪いことはやってきた。Vinceがレギュラーイベントを
 していたクラブに一日残らず予約入れて排除してみたり、この曲だって
 Steveの曲をパクってリリースしたよ。でも、Farleyは友達だったのに…」


uk2.jpg
彼は落ち込みましたがこれは因果応報と受けとめ、
その後レコード会社に交渉し無事名義を取り戻しました。

6.Jack Your Body
Steve "Silk" Hurley
「Farleyが出したバージョン?ルームメイトなんだから
 俺の4トラックMTRから曲を拝借したんだろうよ。
 あんなの、ほんのちょっとアレンジしただけじゃないか。」


Steve "Silk" Hurley ‎– Jack Your Body (1986)
復讐に燃える彼は、渾身のジャックハウスをリリースしました。
First Choice - Let No Man Put AsunderからベースラインをJackし
かつてのFarleyを彷彿させるJackというボイスサンプリング。

UKのLondon Recordsからリリースされた、Farleyを中心に
編集されたコンピ「The House Sound Of Chicago」のトップに
収録されたこの曲は、プロモーションを拒否したにも関わらず
なんとUKでNo.1ヒットをとってしまうのでした。


House Music: The Real StoryHouse Music: The Real Story
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B.G. The Prince Of Rap (ドイツ)


B.G. The Prince Of Rap (Bernard Greene) はドイツのラッパー。
アメリカのワシントンで生まれ、アメリカ軍に入りドイツへ赴きました。
この流れはCaptain Hollywoodと同じですね。


Rap To The World (1990)
フランクフルトのラップ大会で何度も優勝した彼は
SONY傘下のレーベルDance Poolからデビュー。プロデューサーは
のちにJam&Spoonを結成するJam El Mar。R&Sやトランスのイメージが
強い彼ですが、キャリア初期はこんなこともやってました。



Take Control Of The Party (1991)
引き続きJam El Marがプロデュース、Remixには
Todd Terry在籍のMasters At WorkにJoey Beltram!
USクラブチャートで2位を記録しました。



This beat is Hot (1991)
同じ頃ドイツから世界的にヒットしたSNAP! "The power"
をいただいた感じのヒップホップ。本国よりもUSでウケ、
ビルボードクラブチャート1位・全体でも72位を記録します。



Give me The Music (1991)
Hithouse "Jack To The Sound of The Underground"と同じベースラインに
女性ボーカルやレイヴっぽいシンセなど盛りだくさん。
十分かっこいいのですが、あまり売れませんでした。


プロデューサーのJam El Marは1992年にJam&Spoonを開始、
1993年にはプロデュースから手を引きます。
B.G. The Prince Of Rapはその後、他のヨーロッパの
ヒップハウスアーティスト同様ユーロダンスに流れていくのでした。



Tokyo Ghetto Pussy - I Kiss Your Lips (1995)
Jam&Spoonの別名義。うってかわってキラキラしたジャーマントランス。

King Bee (オランダ)

King Beeはオランダのユニット。MC Pryme (Armand Corneille)、
Allstar Fresh (Guan Elmzoon)、BC Boy (Reginald Boy Eysbroek)の三人。



World DMC Technics 1988
Allstar FreshはDMC UKで3位になり、ニューヨークでも有名なDJでした。
Public EnemyやUltramagnetic MCsらと一緒のステージでプレイしたことも。



Party People In The House (1989)
ヒップホップのRemixを数曲手がけた後、ヒップハウスでデビュー。
Westbamのレーベル、Low Spiritからもライセンスされました。



Clubland Feat Quartz - Let's Get Busy (Snap Remix) (1990)
Move Your Bodyの別バージョン、Let's Get Busyネタのヒップハウス。
Marshall Jeffersonの元で曲作りを学んだClubland (Morgan King)による
UKハウスをドイツのSnapがRemix、そこにラップで参加しました。



Back By Dope Demand (1990)
Herbie Hancock "Wiggle Waggle"ネタが耳に残るヒップハウス。
一度聞くと、みんなで叫んでる「Posse!」のとこ言いたくなりますね。



Must Bee the Music (1990)
Secret Weapon "Must Be The Music"ネタ。前年にDanceManiaから
同じネタの曲がリリースされているのですが、影響はあったのかな。
元ネタのディスコも間奏にラップパートがありかっこいいです。



Cold Slammin' (1991)
Ultramagnetic MC's、Rudeboy Remmingtonをフィーチャリング。
途中からビートが変わって高速になるのかっこいい!
Rudeboyは後にJunkie XLのラッパーとして活躍します。


その後、メインプロデューサーのAllStar FreshはMC Fixx Itの
ヒップハウスを作り、90年代はユーロダンスのcappellaに関わりました。
ヒップハウスの世界へようこそ
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