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Young MC (ロサンゼルス)


Young MC (Marvin Young)はロンドン生まれニューヨーク育ちのラッパー。
カリフォルニアの大学で経済学を先攻中、Delicious Recordsの二人
Michael RossとMatt Dikeに出会い、契約します。



Know How (1988)
Matt Dikeの属するDust Brothersがプロデュース。
このグループは同時期にBeastie Boysの製作にも関わっています。
(Chemical Brothersの前身Dust Brothersとは別物)



Bust a Move (1989)
レーベルの二人と彼がプロデュースしたTone-Locが大ヒット、
1989年2月"Wild Thing" ビルボード2位
1989年4月"Funky Cold Medina" ビルボード3位の快挙。
これに続けとリリースされたこの曲も明るい雰囲気でヒットし
1989年10月ビルボード7位、グラミー賞を受賞しました。


その後レーベルの二人と音楽制作のやり方で意見が食い違い、
彼はレーベルを去ることに。訴訟問題にまで発展してしまいました。
1991年、新たにCapitol Recordsと契約しセカンドアルバムを発売。

Brainstorm (1991)
このアルバムが一番のオススメ。BPMの速い曲が多く
ヒップハウスとも非常に相性がいい感じです。


Life In The Fast Line


Album Filler

その後は落ち目になり、「かえってきた一発屋」というアルバムを
出したり(1997)ダイエット企画のテレビに出て痩せたり(2006)しています。
一連の流れはこちらに楽しく書かれていましたのでぜひご覧ください。
Where are they now?? - Young MC は今



Weakest Link – Rap Stars Edition (2002)
人気のクイズ番組に出演。冒頭から「ヒットはあるの?」といじられています。
B-Real(Cypress Hill)、Run(Run-D.M.C.)、Nate Doggなど錚々たるメンツと
勝負し、大穴の彼が優勝してしまいます。いいぞ一発屋!
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The Wizard / Jeff Mills (デトロイト)

「ヒップホップが出てきたとき、ぼくはちょうど勉強中だった。
 だから積極的にそのテクニックを手に入れて、ヒップホップのやり方で
 ハウスやテクノをプレイしたら、それは自分のスタイルになると考えた」

(ブラック・マシン・ミュージックより)


The Wizard (Jeff Mills) はデトロイトのDJ。

1983年、ラジオの人気DJ Electrifying Mojoの番組に
ゲスト出演し、自らもラジオでDJ番組を開始。
1985~1989年のあいだ、The Wizard名義で披露した
素早すぎるMIXはいまだに話題になる伝説のプレイです。



テープの残っている中で一番すごい回がこちら。
+8どころじゃない速さの曲があり、タンテ改造で可能とはいえ
これはおそらく録音後に再生スピードを速めたものだと思います。

【抜粋プレイリスト】
King Sun - On The Club Tip
Tyree - Turn Up The Bass
House Gang (Mike "Hitman" Wilson) - Cool J Trax

A Guy Called Gerald ‎– Blow Your House Down
The Bass Boys (Bad Boy Bill) - Lost In The Bass
Fast Eddie - Yo Yo Get Funky
WestBam ‎– And Party
We Papa Girl Rappers - Heat It Up
Twin Hype ‎– Do It To The Crowd
M-D-Emm ‎– Get Hip To This
Armando - 100% of disin you

Longsy D's House Sound - Things Just Don't Make Sense
White Knight - Yo Baby Yo
Hithouse - Move Your Feet To The Rhythm Of The Beat
Mix 'N' Tel (Bad Boy Bill) - Feel The Beat
Frankie Bones - Call It Techno

L.A.Mix Feat. Jazzy P. - Get Loose
Tony Scott - That's How I'm Living
Rob Base & DJ E-Z Rock - Get on the Dance Floor
D.Mob - It Is Time To Get Funky


ヒップハウスのほとんどはこのブログで紹介してきました。
聴いたことのある曲でも、彼がかけると聴こえ方が違いますね。
当時テクノを聞いていた私もこれで価値観が変わりました。



1995年にはじめて見たJeff Millsはものすごい速さで
カットインしまくりレコード放り投げまくりの異常な動き。
今まで見たどんなDJよりパワフルで、完全に吹っ飛ばされました。
この人のかけるミニマルは全然違う、90年代も彼は別世界でした。



2000年代に入ってからも、まれに大きなフェスでWizard名義を
披露することがありました。しかし、デトロイトのラジオを
リアルタイムで聴いていたようなおっさん世代がいないフェスでは
あまり受けなかったため、もうこの名義では活動しないそうです。

D.Mob (UK)

彼らの音の特徴を一言で言うと、「わかりやすいダンスミュージック」
といったところか。アンダーグランドではなく、かといって
売れセンねらいのミーハーポップスでもない。ちょうどその中間を行く
サウンドがイギリス、アメリカの大衆に受け入れられた原因であろう。

(富家 哲氏 "C'Mon And Get My Love" 日本版シングルジャケットより)


D.Mob (Daniel Kojo Poku)はUKのハウスプロデューサー。


I Know You Got Soul - Eric B & Rakim (Double Trouble Remix) (1988)
Cooltempoレーベルの仕切りとB面のリミックスを手がけていた彼は
Housemartins終了直後のNorman Cookと一緒に仕事をしました。
(リミックスワークで有名なDouble Troubleとは別物です)


We Call It Acieeed (1988)
その年の秋にはハウスに挑戦。UK3位USダンスチャート1位
シカゴのバッドトリップなアシッド感と違い、POPで楽しそうですね。
ダンサーがThe Residentsぽい仮装をしているのは何でなんだろう。
Simon Harrisによるリミックスは303のアシッドハウスになっています。



Put Your Hands Together (1989)
O'JAYSネタのヒップハウス。UKチャート7位。
ヒップハウスの能天気さにこの体形とショルキーが合う!



It Is Time To Get Funky (1989)
日本のディスコでもかかっていたファンキーなヒップハウス。
UKチャート9位、USダンスチャート1位
こんなにいいのに、ラッパーが毎回一発屋なのが不思議です。



C'Mon And Get My Love (1989)
女性ボーカルのPOPでキャッチーなハウス。
Cathy Dennisのかわいいルックスも手伝って超ヒット!
UK15位、USダンスチャート1位ビルボード10位!!
日本でも8cmCDで発売されました。
メリル・ストリープ主演の映画「She Devil」にも使われています。

Rob Base & DJ E-Z Rock (ニューヨーク)

DJであれば誰もが2枚使いでコスリ倒した、言わずと知れた名クラシック
(Disc Unionより)


ラッパーのRob BaseとDJ E-Z Rockのユニット。
ニューヨークのハーレムで育った彼らは、ほとんどはじめての
スタジオ入りでいきなり大ヒットを生み出します。



It Takes Two (1988)
Lyn Collins "Think"を全面に使用したヒップホップ。クラブチャート3位
このサンプルはFast EddieTyreeも使う、ヒップハウスに欠かせない要素です。
Cookie Crewと並び「とりあえずこれ声ごとループしとけ」という
ヒップハウス~ハードコアテクノの基礎を作った曲ですね。

クレジットはないものの、Wikipediaによれば同時期にハーレムで活躍していた
Teddy Riley(後にNew Jack Swingを確立した人物)のプロデュースだそう。
大勢で盛り上がってるの楽しそうですね。

Rob Base
 「ハーレム地区で有名になればいいなと思ってたら、思った以上に
  売れたから驚いた。数年前、Jay-Zにもすごい記録だと言われたよ。」
  

デトロイトのNew Dance Show。ブレイクを2枚使いで延々繋げてますね。
「ヒレ!(Hit It)」の声やThinkのサンプルは日本でも定番になり
デビュー前の電気グルーヴも使っていました。



Get on the dance floor (1988)
The JacksonsTodd Terryを組み合わせたヒップハウス。
Jacksonsは同年Todd Terry自身もサンプリングしていました。
この曲は前作を超える大ヒット、クラブチャート1位を記録します。



Creativity (1988)


Mr. Lee - Get Busy (1989)
これは元ネタなのかな?Mr.Leeが1992年に出したアルバムタイトル
"I Wanna Rock Right Now"はIt Takes Twoの
歌い出しのフレーズだし、影響はありそうですね。

Tony Scott (オランダ)


かつてはオランダ領ギアナとして知られており、南アメリカで唯一の
オランダ語を公用語とする国である。国土の大部分がギアナ高地にあり、
面積、人口共に南アメリカで最小の独立国である。

(Wikipedia - スリナム共和国より)


Tony Scott (Peter van der Bosch,1971/10/2~)はオランダのラッパー。
幼い頃に南アメリカのスリナム共和国からオランダへ移住してきました。
16歳の時、兄の働くラジオ局で、後にFresh FruitやOutlandを傘下にもつ
アムステルダムの巨大レーベルRhythmのオーナーと出会います。



That's How I'm Living (1989)
ハウスプロデューサー Fabian Lenssenによるヒップハウス。
USのいいところをうまく取り入れオランダチャート20位。
両A面の"The Chief""は彼のルーツである、アマゾンの
インディアン部族へのオマージュとして書かれました。



Get into it (1989)


Gangsterboogie (1989)
同年にヒップハウスを量産、アルバムをリリースしました。
オランダ、アメリカでヒットしシングルカットもされています。
MIXの仕方がFMぽいというか、独特の音質ですね。



move to the bigband (1990)
大ヒットでNYのフェスに招かれた際、オランダの有名DJ
Ben Liebrandとコラボ話が持ち上がりました。
ジャズの要素を取り入れたヒップホップをEpicからリリース。
しかし売れ行きは芳しくなく、20位に終わりました。



Love let Love (1990)
再びFabian Lenssenがプロデュース、今度はNew Jack Swingです。
新しい方向性のこの曲は無事チャート7位を記録しましたが
この後、この路線でBoys II Menとコラボするもののうまくいかず。



The Greenhouse Effect (1991)
ならばと再度ヒップハウス。しかしブームは過ぎていました。
この曲は地球温暖化防止への世界自然保護基金(WWF)の
テーマソングに抜擢されましたが、よくできたビデオだけが大ヒット。




Something For The People (2007)
紆余曲折あり、もうリリースはないのかなと思いきや
今でもインディアンの服装で元気にラップ!売りを心得てるなあ~

M-D-EMM (UK)

「デトロイトのフレーバーを彼は俺の音に入れたがったけど、それは
 シカゴから離れるっていうことになるってとこで俺の考えとは違ってたんだ。
 俺のグルーヴは俺のもんだって意識があったからね」

(LOUD11号 K.Alexiインタビューより、デリックメイについて)


M-D-EMMはUKの3人組。Mark Ryder、Dave Lee(画像)、
Emmanuel Chealのユニットです。Dave LeeはJoey Negro名義が有名。



Get Acidic (1988)
3人はデリックメイのレーベル、TRANSMATからデビューしました。
シカゴのアシッドとは違うデトロイトスタイルです。
浮遊感のあるシンセに音数少なめでもっていくスタイルがかっこいい。


Get Busy (It's Partytime!) (1988)
Dave Leeのレーベル、Republicより。デトロイトスタイルを捨て
ファンキーなフリースタイル風ハウスに変わりました。



Get Hip To This (1989)
ラッパーNasihを迎え、サンプリングも豊富で楽しいヒップハウス。
TRANSMATを離れたアーティストは急にはじけた感じ作りがちですね。
デリックメイがデトロイト調に仕上げてたんでしょうか。


1989年にグループは解散。
Dave LeeはJoey Negro名義でNU GROOVEよりハウスをリリース、
Mark RyderはひとりでM-D-Emm名義を続けることになりました。


Fantasy UFO - Mind Body Soul (1991)
Mark Ryderの別名義。ブレイクビーツの歌ものにラップが入り
太いベースがかっこいい、いかにも当時のUKっぽい音です。
LFOのデビューが90年なので、ブリープ全盛期ですね。



Energy Rush (1993)
1992年を境に日本ではジュリアナテクノ、ヨーロッパではユーロダンス、
UKではハードコアテクノにヒップハウスは変化しました。
Jungle Brothers - I'll House Youネタ。

Twin Hype (ニューヨーク)

硬派かつダークな近未来感を伴って疾走するナイス・ミドルスクール!
(BallRoom Recordより)


Twin Hypeはニュージャージーの双子ラッパー
Sly (Glennis Brown) ・Slick (Lennis Brown)に
DJ King Shameek (Jose Matos)のユニット。



Centerfield Assignment – Mi Casa (1988)
プロデューサーはRick "Hollywood" Pagan。
1988年にCenterfield Assignment名義でリリース、のちに
XLからライセンスされたこの曲にラップを入れることにしました。



For Those Who Like To Groove (1989)
ベースが重くて暗い感じですが、土手で明るくダンスしています。
二人が声をあわせて歌う感じのラップになってるとこいいですね。



Do It To The Crowd (1989)
ハットにTシャツ、バッチ。なんでこんなグッズが豊富なんでしょう。
プログラムはメインのリズムだけ、あとはすべて大量のサンプルを
サンプラー手押しとスクラッチ、テープエディットで作ったそうです。


日本のディスコでもかかっていました。



King Sun - On The Club Tip (1989)
同じ頃、DJ King Shameekはこの曲に参加。
Wizard (Jeff Mills)のMIXでよく聞くあの曲です。
今回のYouTube動画はほとんど彼自身がアップしています。



Nothin' Could Save Ya (1991)
川口浩探検隊のテーマ、ドラクエ10の戦闘BGMでおなじみ
Theme From S.W.A.T/Rhythm Heritageネタ。
全面にただようダンス甲子園感がたまりません。
単語をみんなで言うラップはフロアで叫んで盛り上がりそうですね。

E2 NightClub

White Knightの初期レコードにSpecial Thanksで記されている
Dwain J .Kylesはサウスサイドのクラブオーナー。

Calvin Hollins Jr.、Dwain J. Kyles。
二人は2000年頃、サウスサイドのレストラン「エピトミ」と
2階でクラブ「E2」を経営していました。



2003年2月17日午前2時、1500人の大入りパーティーで悲劇は起きました。
15人ほどのグループが喧嘩をしていたので、警備員が催涙スプレーを使い
仲裁しようとしたところ、他のお客さんが毒ガスと勘違い。

テロが起きたと思った大勢のお客さんが出口へ殺到、しかし
内側に開くドアだったため開けるのに手間取り、階段で将棋倒しに。
21人が死亡、50人がケガを負う大惨事になりました。


事故当時の避難状況。すごい人数です。

市は、このクラブにお客さんの入れすぎや出口のライティングを含む
11の建築法違反があり、過去2年間で80回も警察が呼ばれたことから
二人を過失致死容疑で訴えました。また、2階クラブの閉鎖に
応じなかったことを特に批判し、法廷侮辱罪でも訴えることにしました。


彼らの弁護士はこれに対し反論。
「黒人がオーナーで黒人客が多かったため警察に問題視され
 何度もやって来たが、酔っ払いが通りでおしっこをするとか
 ささいな喧嘩はどんなクラブでもあることだ。

 それよりも非番の警察を雇用したガードマンが催涙ガスの
 使い方に不慣れで、ヤジ馬にまで向けてしまったことが問題だ。
 
 それに2台の救急車と20台のパトカーが来たが、消防隊員は
 いつまでも中に入らず、45分も外で見ていた。そればかりか、
 警察は脱出できたお客さんが中の人を助けようとしたら手錠をかけた。
 いつもの暴力事件と勘違いしていたのではないか。」

 2階を閉鎖する件にしても、レストランの中2階にあったVIPルームを
 閉鎖するという意味で市の視察官と同意していた。」


2009年11月25日 過失致死容疑を免除、法廷侮辱罪で2年の有罪判決
2011年11月16日 法廷侮辱罪を取り消し

裁判では無罪を勝ち取りましたが、彼らは市が責任を認めることと
両親が亡くなった30人の子供への援助を求め今も法廷に立っています。


この事件を境にシカゴのダンスシーンは事実上消滅。
JUKE~FOOTWORKが出てくるまで数年間下火になりました。

White Knight (シカゴ)

White Knight (Nicholas Huminsky)はシカゴのDJ。
WGCIのBadBoyBillやHotMix5たちと活動していました。


Never Give Up (1986)
A面は普通のハウス、B面がオールドスクールなパーティーラップ。
スクラッチしているのはZulu KingsのB-Boy - テクノファンには
ウエストバムとのユニットでおなじみMr.XことAfrika Isramです。



Keep It Movin' (1989)
Bad Boy Billまわりなので、ボイス連呼ヒップハウスです。
レーベルも決まったところはなく、D.J.International、Sunset、
DanceMania、Jiveを転々としてリリースします。



Clap Your Hands (1990)
ラップの一部をボイスサンプルとしてループ、太いベースとあわせた傑作。
中盤シカゴ仲間の名前をつぎつぎ叫んでいて、人間関係がわかります。
RemixでDouble Troubleが参加。



Make Sure The Party's Hyped (1992)
1992年頃、落ち目のヒップハウス勢は儲かるものを求められ
ギャングスタラップやハードコアテクノに挑戦します。ほとんどが
失敗に終わる中、この曲はうまくそれらの要素を取り入れました。



BOMB ‎– Can-U-Dig It! (1990)
Bad Boy Billとともにプロデュースしたヒップハウスユニット。
Pop Will Eat Itself「Can U Dig It?」ネタ。
matsu & take氏のブログによると、この声は映画が元ネタだそうです。



HotMix5まわりのオールドシカゴ勢は今でもライブをしています。
一緒にやっているKeith Nunnallyは一番上のデビューシングルからの仲。
体形見るとまるで懐メロおじさんの歌謡ショーなんだけど、
懐メロ=ジャックハウスっていうのが羨ましいですね。

ヒップハウスの世界へようこそ
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