Fast Eddie (シカゴ)


Fast Eddie (Edwin A. Smith)
いわずと知れたヒップハウスのレジェンド。



Can U Dance (1987)
1986年、彼はシカゴのラジオWGCIでMIX番組を開始します。
在籍中にKenny "Jammin" Jasonと競作したこの曲は
POPなダンスチューンで、日本でもディスコを中心にヒットしました。



Acid Thunder (1988)
その後WBMXに移るものの、曲作りに専念するため88年にはラジオを引退。
(HotMix5のパイセンがやってくるのが嫌だったんでしょうか?)
そしてこのアシッド史に残る名曲をリリース。この時代、TB-303の
安易な垂れ流しが多い中、シングルバージョンは歌入りでベースと上モノ
両方にTBを使用、しっかりと曲として成立させています。
ヤバイ物をPOPに仕立て上げる、この距離のとり方がすばらしい。


さて、いよいよ彼の代名詞「ヒップハウス」期にはいります。



Yo Yo Get Funky (1988)
定番ブレイクLyn Collins "Think"を4つ打ちのビートに落とし込み
ハウスのBPMでラップし、バンバータの声ネタをふりかける。
この単純だけど新しいサウンドはアメリカ、フランス、スペイン、イギリス
ドイツ、オランダのレーベルに次々とライセンスされました。

"Hip-house is a new style that I created all around the world
they're devastated by the hip, which is short for hip-hop and
by the house, which is rising to the top."
「ヒップハウスは俺が作った、まったく新しいスタイル。
ヒップとハウス、足元からてっぺんまで世界中がイチコロさ。」



Make Some Noise (1990)
意味のない歌詞、軽~いノリではじめた彼は1990年、ギャングスタラップに
方向を転換。サイレンが鳴り響くこの曲は、雰囲気が今までと違いました。


1991年、ヒップハウスはレイヴミュージックの台頭とともに
古いスタイルになってしまい、彼の人気も衰えていきました。
アルバムとしては最後の「Straight Jackin'」をリリース。
皮肉にもデビュー当時のような楽しい音作りの曲が多く
アルバムとしては最高傑作だと思います。

<以前BootyMusicjapanへ書いたものを再編集しました>
スポンサーサイト

Julian "Jumpin" Perez (シカゴ)

70年代に活躍し、HotMixにやってきたJulian "Jumpin" Perez。
Fast Eddieとも親交がある彼の曲はどんなものでしょうか。



Kool Rock Steady - Ain't We Funky Now (1988)
D.J.Internationalのシングルは彼やTyree、Joe Smoothらの
Remixバージョン入りで作られることが多いです。
彼のはスクラッチが前面に出たスカスカな作風。


Brother D - Lets Work (Jumpin Mix) (1989)
Exodus - Together Foreverネタのヒップハウス。
B面のJoe SmoothによるRadio Mixがかっこいいです。


ディスコの曲をクイックミックスする彼は、豊富なネタを使って
曲を作ります。Tavaresの名曲「It Only Takes a Minute」を
アシッドハウスでカバーしました。

原曲


Holly Jump - You Can't Hide (1988)
Acidバージョン。



イナたいにも程がある…!




しかしこれがクレイジーだとウケるのもシカゴならでは。
今度はもっとわかりやすく、使いやすいように
原曲に忠実なハウスバージョンを作りました。

Relight My Fire (1989)
Dan Hartmanの名曲カバー。これは大成功、さらにアッパーにパワーアップ!
いいカバーなのですが「ジャケが残念」という評価が多いです。

シカゴの伝説 Hot Mix 5

子供のころ、いつもラジオのチャンネルをWDAI-FMに合わせていた。
WDAI-FMは、そのころのシカゴではメジャーなディスコチャンネル。
Kenny Jason(後の"Hot Mix 5"のメンバー)とJeff "Get Down" Davisが、
お気に入りのDJだった。ラジオを聞いているうちに、かかっている音楽が
どうやってミックスされているのかが気になり始めたんだ。

(clubberia Leonard Part Sixx a.k.a.Underdogインタビューより)

hotmix.jpg
HotMix5初代メンバー。上段左から Scott "Smokin" Silz,
Ralphi "Rockin" Rosario, Farley "Funkin" Keith。
下段左からKenny "Jammin" Jason, Mickey "Mixin" Oliver。
Jeff "Get Down" Davisは落選。

1981年、マイケルという名の男に集められた彼らは、シカゴのFM局 WBMXで
土曜の夜にDJショーを開始。シカゴ流のディスコミックス、初期ハウスを
抜群のミックステクニックで披露し、あっという間に人気者になりました。


Mickey Oliver at home demonstrating Turntablism

彼らのDJ営業には莫大なギャラが払われ、パーティーに来ていたキッズ達は
日曜の昼、かかっていたレコードを求めてレコード屋へ並びます。
人気が出すぎたため、開始からわずか3ヶ月で金曜の夜と、
平日帯の15分ミックス番組が追加されてしまいました。

人気者の常か、ストレスの溜まっていた彼らはだんだんと嫌になり
1984年、Scott "Smokin" Silzがグループを去ってしまいます。
DJバトルに勝利したJulian "Jumpin" Perezが交代要員として入りました。


WBMX-Julian Jumpin' Perez

しかしその数ヵ月後、今度はFarleyがライバル局のWGCIに引き抜かれます。
彼の開いた穴は補充されることはなく、ゲストDJ枠とされました。
Steve "Silk" Hurley、 Frankie Knuckles、Frankie "Hollywood" Rodriguez
らが交代でDJをはじめました。

WGCIに移ったFarley "Funkin" KeithはFarley "Jackmaster" Funkになり
Mario "Smokin" Diaz、Mario Reyes、Mike "Hitman" Wilson、
Fast Eddie、Bad Boy Billらの番組に加わります。
聴取率はアップし、WBMXに勝ち始めた頃、ついにはマネージャーで
父親代わりの男、マイケルもWGCIのディレクターに引き抜かれました。

Smokin' Gang (Mario "Smokin" Diaz) - Just Rock (1989)

WBMXの聴取率はがた落ちになり、残ったオリジナルメンバーの3人も
1986年7月、WGCIに移りました。オリジナルのHotmix5メンバーに
Mario Diazを加えた6人で新しいHotMix5として再始動しました。

WBMXはJulian "Jumpin" Perezがひとりで切り盛りすることになり
Bad Boy Bill、Frankie "Hollywood" Rodriguez、Mike "Hitman" Wilson
らがゲストDJとしてプレイしはじめます。
しかし及ばず、1988年、WBMXは身売りされ、つぶれてしまうのでした。



HotMix5は伝説となり、シカゴには彼らの名前を冠した通りがあります。

ヒップハウスの世界へようこそ
月別アーカイブ