No Way Back / Do it Properly(ちゃんとやれ)

2 Puerto Ricans, a Blackman, and a Dominican (1987~)は
ニューヨークのハウスユニット。


David Morales (1961~) (Puerto Ricans) …有名ハウスプロデューサー

Robert Clivillés (1964~) (Puerto Ricans)…後のC+C Music Factory
David Cole (1962–1995) (Blackman)…後のC+C Music Factory
Chep Nuñez (1964-1990) (Dominican)…エディットの名手
有名人が集まったこのグループは、まずシカゴハウスの模倣から始めます。


Adonis - No Way Back (1986)
「アシッド仏陀」の愛称を持つADONISによる名曲。

C+Cの二人は、この曲をベースにシカゴメガMIX的な曲を作りました。


Do It Properly (Fierce Club Mix) (1987)
C+C「シカゴのクラブってこんな感じじゃなかった?」


Do It Properly (DEF Mix) (1987)
David Morales「歌よりシンセ弾きまくってる方がよくね?」


Adonis - Do It Properly (1987)
Adonis「俺のベース使ってかっちりやろうや」


Adonis - Do It Properly (1987)
Adonis「シカゴネタもっと入れてアシッドにしてみたで」


The Brat Pack - So Many Ways (Do It Properly Part II) (1988)
C+C「プロデュースすることになったけどこれでええやろ、2や2。」


当時のカセットやラジオ文化の中、リリースされてない
その場だけのメガミックス音源はこんな感じだったのかも。
レジェンド達が若い頃、シカゴもニューヨークもなく
トキワ荘的な影響の与え合いで成長していた感じ、いいですね。



曲は世界中でヒットし、日本のディスコでも流れていました。
スポンサーサイト

Monie Love (UK)


Monie Love (Simone Gooden, 1970-)はロンドン出身のラッパー。
Jungle BrothersやDe La Soulなどのグループ「ネイティブ・タン」の
マスコット。Queen Latifahの子分としてかわいがられました。


Grandpa's Party (1989)
「ネイティブ・タンの新人だから期待したのに、ヒップハウスかよ!」
当時の海外雑誌にこう書かれるぐらい、一部には抵抗があったみたいです。
今見るとヒップハウスのお気楽さにあってるんですけどねえ。


Grandpa's Party (The Love II Love Remix) (1989)
Soul II SoulのメンバーJazzie B.とNellee HooperによるRemix盤。
ベースが強くフロア向けな作りがデトロイトでも大ウケ!楽しそう~


Monie Love vs Adeva - Ring My Bell (1990)
ラップのMonie Love、歌い上げるAdevaがうまく調和したヒップハウス。
戦っているのは「A Super Super Heavybass Contest」だそうです(笑)


Down To Earth (Count Down Mix) (1990)
フュージョンぽいギターも入った疾走ヒップハウス。もうひとつのバージョンも
Stetsasonic - Talkin' All That Jazzと同じベースネタ使いでかっこいいです。


Full Term Love (1992)
この後、彼女は Inner Cityのアルバムに参加したりWhitney Houstonの曲に登場
など大活躍します。そしてとうとうこの曲で
「鶴瓶上岡パペポTV」の主題歌におさまるのでした。(そこ?)

Betty boo & She Rockers (UK)

フレンチ・ポップスやジャズの要素を取り入れたお洒落なアレンジと
Betty Booのキュートなラップ、そしてアメコミの世界から飛び出してきたような
ルックスは最高にキャッチーで、アメリカ勢による汗臭い(失礼!)ヒップホップ
なんかより、イギリス人や日本人には圧倒的に取っ付きやすかったと思う。

(DJ MIZUTA氏 「衣食住音」より)


Betty Boo (Alison Moira Clarkson, 1970-)はUKのアーティスト。
エンジニアの専門学校在籍中に女性HipHopユニット、
She RockersとしてSimon Harrisのレーベルから
デビュー。プロデュースはPublic EnemyのProfessor Griff。

その後、ソロ活動をはじめた彼女は、当ブログでおなじみ
BeatmastersのプロデュースによりデビューシングルがUK7位に。

Beatmasters feat. Betty Boo - Hey DJ (1989)
「ヘイDJ、そんな曲じゃ踊れない、もうそのスタイルは古い」というラップは
ヒップハウスは楽しいよ~って事でしょうか。ブランニュースタイル!


Doin' The Do (1990)
この曲はUKで7位、ビルボードのクラブチャートで1位を記録しました。


Where Are You Baby (1990)
POPでかわいい、おしゃれなPV。失恋した彼について歌っています。
シカゴでデカい男が楽しいよ!言うてるのとは違う、入りやすさがありますね。
この2曲が入ったファーストアルバムは、彼女がほとんどの曲を作りました。


I'm On My Way (1992)
WEAに移籍後のセカンドアルバムより。キュートなイメージから
痩せてちょいエロな大人の女性になっています。僕はこっちのが好み。
お客さんが全員女性なのは、そういう人気だったからでしょうか。

POPで肩の力が抜けたセカンドアルバムについては、冒頭の
DJ MIZUTA氏が詳しく書かれてますので、こちらをご覧ください。


She Rockers - Do Dat Dance (1990)
Betty Booが抜けた後、2人組になったShe Rockersも
ヒップハウスのカッコイイ曲を連発しています。

Simon Harris (UK)

マリオマニアの間に語り継がれている3大疑問(※1)を宮本氏に
ぶつけているあたり、ハリス氏のゲーム好きは伊達じゃないなと思わせるが、
ご覧いただいた通り、とくに面白い答えは引き出せなかったようだ。

『スーパーマリオ・コンパクト・ディスコ』英国人Pが宮本氏に
 “マリオマニア3大疑問”をぶつけ撃沈していた!!
 より)

Simon Harris(1962~)はUKのプロデューサー。
オーディオ機器の販売、クラブのプロモーターを経て
1983年DMCに参加しディスコ用のRemixを多数製作しました。
数々のメジャーレーベルでヒットを生み出した後
1986年自主レーベル「Music of Life」を、2年後の
1988年には姉妹レーベル「Living Beat Records」を設立します。

このレーベルで、彼は自身のブレイクビーツ集をリリースし
UKラッパーのプロデュースをはじめました。


Simon Harris Starring Daddy Freddy - Ragga House (1990)
ギネス早口のDaddy Freddyによるラガ・ヒップハウス。


Ambassadors Of Funk feat. M.C.Mario ‎– Supermarioland (1992)
ニンテンドーUKの認可を受けたマリオネタ。
5万枚以上売れ、UKチャート8位を記録しました。
これを受けて、宮本茂氏の「面白そうやないか」という一言により
佐藤大氏・田尻智氏のプロデュースの元、日本版アルバム
「Supermario Compactdisco」が発売されます。


Ambassadors Of Funk feat. M.C.Mario ‎– Super Mario World (1993)

サイモン「ゲームに忠実な音を使うってことは、ゲームをプレイしてる
子供達を見下さない、ということにつながっているんです。(中略)
もっとゲームミュージックを、もう少し高い位置で見るっていうのが大切な
ポイントだと…思っています。すごく子供というものは賢いものですから。」

宮本「それはもう僕等と全く同じやな。逆に大人の中にも子供はいるわけやし、
それに向けて作るということは大人が満足するものにも繋がる…」

サイモンは熱く、宮本氏と3時間語り合ったそうです。


Simon Harris Featuring Einstein - Another Monsterjam (1989)
M.C.Mario=EinsteinはColin Caseというラッパー。
C.J.Mackintoshの曲でラップしていた人です。


Bass (How Low Can You Go) (1988)
SimonはBOMB THE BASS"Beat Dis"のノリをヒップホップ方面に進め
サンプルだけで構成した、ラップなしヒップハウスを生み出しました。
ラップはないけど「Hiphouse Mix」と呼ばれたり、コンピに入っています。
ヒップハウスの世界へようこそ
月別アーカイブ