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Werner Wichtig (ドイツ)

Technotronicは100万枚ものセールスを記録しました。
売れると出てくるのが企画物、替え歌です。
今回はドイツの愛すべきパチ物を見てみましょう。


Werner Wichtig - Pump ab das Bier (1989)
Pump Up The Jamのカバー。細かいことはいいからビールだ!
と歌っています。このシングルがあろうことかバカ売れ、
ドイツのチャートで3週間もの間1位になってしまうのでした。


ベストテン的な番組での一コマ。
なぎら健壱似のおじさんとものすごいヒゲ坊主がビールビールと
気持ちよく歌っています(エアギターで)

このヒットに気をよくした彼らは、セカンドシングルでも
Technotronicをネタにしました。


Werner Wichtig - kebab (jetzt kommt maradona) (1990)
Get Upのカバー。歌詞はわからないのですが、1990年のワールドカップに
ひっかけ、マラドーナとケバブについて歌っているようです。
時事ネタからめてどうにか売ろう感、たくましい(笑)
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Technotronic (ベルギー)


Technotronic (ベルギー、1989-)は世界最年少女性ラッパー
Ya Kid K、MC Eric、Hi Tek 3を中心としたグループ。
代表曲「Pump Up The Jam」が世界中で大ヒット、アメリカでは
100万枚のセールスでビルボード2位を記録しました。


Pump Up The Jam (1989)
Ya Kid Kがまだ15歳の学生でライブに出られないので
モデルのFellyが口パクでPVに出演しています。
ディスコでヒップハウスといえばこの曲と言えるほど
有名なこの曲は、はじめインストでリリースされました。


The Pro 24's - Technotronic (1989)
このシンプルなオケはなんとシカゴのFarley Jackmaster Funk
"The Acid Life"が元ネタ。シカゴのマニア向けアシッドが
形を変えて超ヒットにつながるんだから、わからないもんですね。




Get Up! (Before The Night Is Over) (1989)
Mr.Lee同様、ヒップハウスでエクササイズ。これもヒットし
ビルボード7位を記録しました。この曲もFarleyの音が鳴ってますね。


Hi Tek 3 - Spin That Wheel (Turtles Get Real) (1989)
カメ忍者でおなじみ、ミュータントタートルズのサントラに収録。
映画の公開後、ビルボード15位まで上昇しました。


Rocking Over The Beat (1990)
同じくタートルズ3のエンディングに使われたさわやかヒップハウス。
タートルズは2003年に復活、2007年にテレビ東京でも放送されていました。

Tyree Cooper (シカゴ)

"この人は何にでもすぐイノチかけちゃうのが特徴で、
「アシッドこそ我が人生」とゆー名曲もあった。"

(デジタルビスケットVol.24「ヒップハウスは誰にも止められない」より)


Tyree CooperはFast Eddieと共に初期シカゴ・ヒップハウスを
盛り上げたレジェンドのひとり。名曲「Video Clash」も、リル・ルイスが
作っているのを聴いて先にレコーディングしてしまったという説があります。
Video Crashの謎 2013より)


彼はミキシングに特徴があり、キックの音をおもいきりデカくします。
ラップはもったりしていて、TB-303とのあわせ技「アシッド・ヒップハウス」
が得意です。ジャージでもったりした感じがいいですね。


彼はピュアなのか、何かと曲名に生きざまをかけてきます。


Acid Is My Life (1988) アシッドこそ我が人生!


House Music Is My Life (1989) てゆうか、ハウス全部が俺の人生!


Hip House Is A Style (1989) ヒップハウスは新しいスタイルだぜ!


Lonely (No More) (1990) 寂しい…


3つ目のHip House Is A Styleはネタに特徴があり、親友Fast Eddieの
ヒップハウス曲、その名も"Hip House"(ややこしい)のラップをループ。
ヒップハウスをループしてヒップハウスを作る。この、そこらに
あったもので作ってみましたーが不思議に良いのがシカゴなんですね。

DADA L.M.D.

以前、このブログでダンス甲子園について触れました。
今回はダンス甲子園やダウンタウンのダンス!ダンス!ダンス!と同じ
1991年に人気のあったダンス番組「DADA L.M.D.」から
ヒップハウスやシカゴハウスのシーンを見てみましょう。

DADA L.M.D. (1989-1992)
司会:恵 俊彰 RIKACO


C+C Music Factory - Here We Go, Let's Rock&Roll (1990)
20億の照明+滝の流れるディスコ!真っ黄色のダブルスーツ着たBro.KORN氏、
金色のホットパンツ履いたRIKACOさん!何もかもがバブルですばらしい。


Double Trouble - Street Tuff (1988)
看板グループのZOOがヒップハウスでラインダンスしてます。
デトロイトのNewDanceShowと同じ手法で、今もEXILEで
活躍しているHIRO氏やTRFのYUKIさん、KEN-BOさんも踊ってました。


電気グルーヴ - ラガモン (1991)
電気グルーヴがダンサーに使われていたのが意外。
テクノになる前の、ラップグループで売っていた頃です。


ADONIS - Do It Properly (1987)
No Way BackのUK盤に収録のジャックハウスバージョン。
踊っているのはなんとDJ HASEBE氏、12歳の少年とバトル!


Twin Hype ‎– Do It To The Crowd (1989)
後ろのDJブースも緑のダブルスーツで踊ってますねー。
私はDJするとき、このイメージを大事にしています。





ZOO - Choo Choo Train (1991)
ここまで見た後でリリース時の熱狂ぶり見ると、聴こえ方が違いませんか。
当時の雰囲気、勢いうらやましいなあ。

Afrika Bambaataa (ニューヨーク)


Afrika Bambaataa(1960~)
説明不要、誰もが知るヒップホップの父バンバータ。1982年に
リリースされたPlanet Rockはクラフトワークのリズムとメロディを
ブレイクダンスに結びつけた革新的な曲でした。

新しい物好きな彼は、90年代に入り当時ブームだったイタロハウスに
興味を示します。今回は、彼の歴史の中であまり語られない
イタロ・ヒップハウス期のバンバータを聴いてみましょう。


Just Get Up And Dance (1991)
イタロハウスのプロデューサーによって作られたヒット曲。
80年代より衣装も身軽に、白人も黒人も楽しく踊ってますね。


Power Boy Power (1991)
レイヴシンセのイケイケヒップハウス。バンバータ名義ではあるものの
イタロサウンドに別の若い人がラップしています。
「Power Boy Power!」の声と作詩をバンバータが担当。


Funky Heroes (1992)
「カッコいいやつらの名前言うぜ!ジェームスブラウン、シーラE、
 チャカカーン、スティービーワンダー、パーラメント…」という歌詞。
この何の意味もない軽~い感じこそヒップハウスですね。
後半に進むと普通にさわやかなハウスなのがまた面白い。

Frankie Bones (ニューヨーク)

Frankie Bonesはニューヨーク生まれのDJ。
1988年、MTRとCASIOのリズムマシンRZ-1でハウスの曲製作をはじめます。
ジェリービーンのラジオを聴いて育った彼はFreestyleをヒントに、
ブレイクビーツをハウスに取り入れるスタイルでヒットしました。


The Break Boys - Listen to the rhythm flow (1989)
シカゴのブレイクビーツの使い方より、よりFreestyleに近いですね。


Frankie Bones - Call it Techno (1989)
ロボ声ラップ、エレクトロの音色・ベースのハウス=アーリーレイヴ。
ホアン・アトキンスがUKの雑誌で「Call it Techno!」と
名づけたのが前年1988年ですので、乗っかった形でしょう。


Frankie Bones & Lenny Dee – Just As Long As I Got You (1989)
後にガバのアーティストになるレニー・Dとの競作。
TR-909を使い、さらにハウスよりになった今作はUKで大ヒット。

ヒットを連発した彼はUKでかなりの集客数をもち、一晩で25,000人もの
お客さんの前でプレイするようになりました。セカンド・サマー・オブ・ラブ
の空気をアメリカでもやりたい!そう思った彼はブルックリンに戻り
自らのイベント「Storm Raves」を開始します。

やがてアメリカでもレイヴは人気になり、5,000人ものお客さんが来ました。
若かりし頃のJosh Wink, Sven Vath, Richie Hawtinなども
ここでのプレイを機に世界へ旅立ちます。レイヴで踊る楽しさ、テクノを
根付かせる土壌を世界中に広め、それがテクノの進化につながりました。



電気グルーヴ - 電気ビリビリ (662 BPM BY DG) (1990)
デビュー当時の電気グルーヴもこの頃のUKレイヴと似た音をしてます。

DJ Mix

ジャンルを知るのには、DJMixを聴くのが早いです。
ヒップハウスのmixを検索してみると
「Fast Eddie周辺をつないでみました」は多くあるのですが
廃れたジャンルだけに、もう一歩踏み込んだのがなかなか見つかりません。
今回は、日本人メインにおもしろいMIXを聴いてみましょう。


まずは私から。イタリアものを中心に、ピッチをあげてテクノ的な
つなぎ方になるよう意識しています。ハウスですがラップとラップが
重なるとグダグダなんでさっと切るつなぎ方になりますね。


Homecutさんによるヒップハウスルーティン。D.J.Internationalを
中心に、クイックミックスされています。選曲も凝っていて
「Fast Eddieが人気衰えた後出したアルバムのシングルカットB面」(2:56~)
というマニアックさがヒップハウスファンを唸らせます。


89年DMC大会でのBad Boy Bill。トッドテリーの
Can You Party、冒頭のボイスでジャグリング!
最後は○○○でスクラッチ!次のDJ大迷惑(笑)
彼自身もヒップハウスの名曲をたくさん生み出しています。


DJ TAIKI HIPHOUSE Mix Vol.2
ヒップハウスMIX CDはDJ SpinnaとDJ TAIKIさんの2部作が有名です。
こちらVol.2はいまでも手に入ります。エフェクト使い、MIXのうまさと
非シカゴな選曲(プリンスのヒップハウスまで!)が飽きさせません。
ヒップハウスの世界へようこそ
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