Peter Slaghuis (オランダ)


Peter Slaghuis (1961 - 1991)はオランダのDJ/プロデューサー。
1981年 彼はDJ用にディスコMIXのテープ作りをはじめます。


ABBA ‎– Lay All Your Love (Peter Slaghuis Edit)
彼の作るアンオフィシャルEDITはDJに好評だったようで
この曲も入ったDisco BreaksシリーズはVol.14までリリースされます。
若干20歳で、今のように機材も安くない時代。当然ながら
テープでのエディットでしょうが、すごいですね。


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Video Kids - Woodpeckers From Space (1984)
イタロディスコで有名なAdams & Fleisner (X-RAY Connection)
によるエレクトロ歌謡で、今度は歌手として活動します。
続編"Do The Rap"とともに、世界中のディスコで流行りました。

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ピングーもノリノリ。みんなが知ってる曲なんでしょうね。


こうした活動のあいだもリミックス仕事は順調で、
DMCではMadonnaの曲も手がけました。

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Nu Shuuz - I Can't Wait (1996)
「レコード会社にリミックス頼まれたけど、俺この曲嫌いだから
フック生かして、サンプル加えて、あとミックスを少し変えただけで
提出してやったんだ!」(Mixmag 1989)


サンプラーのAKAI S900をいち早く買って活用した
このリミックスはアメリカでも大ヒット。

「こんな売れると思わなかったから、150ポンドで契約しちまった。
 印税にしてりゃよかった、チクショー!」(Mixmag 1989)


このヒットの後、彼はロッテルダムでハウスDJとして活躍します。
シカゴの熱い波がオランダに到達!

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Hithouse - Jack To The Sound Of The Underground (1988)
Hithouseの名は、本名のSlaghuisを英語に直したもの。
持って生まれた名前がHithouseで、しかも本当にヒットするとは。


サンプリングを多用したアシッドハウスはシカゴよりキャッチーで
日本のディスコでもかかりました。世界的なヒットをうけ、彼は
D.J.Internationalのオランダツアー時に地元代表でMCをつとめました。


1990年 自らのレーベルを開始。
ここではレイヴスタイルを開拓し、ハードコアなサウンドをリリース。
Probrem House名義では若かりし頃のSpeedy Jも参加しています。

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Holy Noise - James Brown is Still Alive (1991)
DJ仲間であるPaul ElstakとHoly Noise結成。
中年テクノファンならおなじみ、後のロッテルダムレコード総裁です。
L.A.Style - James Brown is Deadのアンサーソング。


ジュリアナテクノ全盛の波にも乗り、器用にヒット作を出し続ける彼の
プロデュース力はかなりのもの。あのロッテルダムのガバも
元をたどるとシカゴハウスの影響があったなんてすごいですね。

しかし、彼は1991年、交通事故によりこの世を去ってしまいます。
まだ30歳の若さでした。

今回の紹介は主に彼の母親による紹介サイトから引用しました。
ゴールドディスクを多数受賞していたり、歌謡番組にも登場するなど
ずっとヒットし続けていた資料を見ることができます。


<以前BootyMusicjapanへ書いたものを再編集しました>
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