Marshall Jefferson (後編)

Steve"Silk"HurleyをはじめとしたJackスタイルや
ムーディーなLarry Heardがヒットする中、彼は
ピアノを前面に押し出した曲を作りました。

Marshall Jefferson
「The Rolling Stonesの"Sympathy For The Devil"は大好きな曲だ。
 無意識にテイストが入ってしまったかも知れないね。」


The Rolling Stones - Sympathy For The Devil (1968)

彼は郵便局の仲間たち(Curtis McClain、Rudy Forbes、Thomas Carr)
とスタジオに入り、歌詞作りを手伝ってもらいました。
3時間で出来上がった作品は会心の出来で、売れると確信しました。

レコード化のため、まずはラリーシャーマンのプレス工場へ。
しかしラリーはあまりこの曲が好きではありませんでした。
「こんなのはピアノだからハウスじゃないね。」
彼は気にせず、自分のレーベルから出すためにプレス代を払います。

おかしいなと思った彼は、友人の反応を聞きに行きました。
Sheba Baby ClubではMike Dunn、Tyree Cooper、Hugo Hutchinsonが
DJをしています。彼らに曲を渡すと、感想を述べてくれました。
「いい曲だけど、ピアノだからハウスじゃないね。」

Music Boxへ向かうと、K.Alexiたちがクラブの外でたむろしていました。
そこで彼はカーステレオを大きくして曲を聞かせました。しかしあまり
反応はなく、未発表の曲の方が好きだといいます。
「いい曲だけど、ピアノだからハウスじゃないね。」


Ron Hardy Musicbox 1985

Music Boxの中に入り、Ron Hardyにデモを渡しました。
「ウン…ウン…」彼は何も言わず深くうなずき
その後すぐにプレイしてくれました。こんなことは初めてです。
それどころか一晩に6回もプレイし、彼自身もノリノリでした。
この日以来この曲はMusic Boxの特大アンセムになり、
Ronは誰にもこれをあげるなよとクギをさしたのでした。

彼は自信を取り戻し、もう一度ラリーの元へ向かいます。
みんな熱狂している、これはハウスミュージックアンセムだと。
しかしラリーはまだプレスする気がありません。流行の
ジャックハウスじゃない、この曲調じゃ売れないと思ったのです。
もはやブート作りがメインになっていたのでしょう。


Vince Lawrence Interview, Part Three: The Founding Of TRAX And More

Ronに言われたとおり、彼はむやみに曲を渡さないようにしていました。
しかしRon Hardy最大のライバルFrankie Knucklesの手に渡ってしまいます。
そこから先は、トントン拍子にことは進みました。

1.友人Sleezy DがFrankieにダビングテープを渡す。
2.FrankieがLarry Levanに渡し、Paradise Garageでプレイ。
3.イビサのDJ Alfredoがコピーを手にして帰る。
4.イビサに来ていたUKのPaul Oakenfold、Danny Ramplingらが手に入れる。
5.BBCのPete TongとPaul "Trouble" Andersonも手に入れる。


こうした経緯で、リリース前にもかかわらずUKでヒットしてしまい
UKからシカゴへ取材陣がやってきました。

Marshall Jefferson
「ラリーは取材陣に向かって、ハウスの専門家だと言ってたね。
 自分がシカゴのクラブをご案内しますと。そうしたら、どのクラブでも
 テープの汚い音質でMove Your Bodyがかかり、みんな熱狂していたんだ。」

最初の依頼から13ヶ月。ようやく彼の曲はレコードになりました。
彼のレーベルではなく、ラリーのレーベル・TRAXとして…。


Marshall Jefferson - The House Music Anthem (1986)
名義がMarshall Jeffersonだったため、彼は郵便局の仲間に責められました。
ラリーが勝手にやったんだというと、今度はラリーの元へ飛んでいきます。

ラリーシャーマン
「Marshall Jeffersonには15万ドルのお金を渡し、単独名義で契約したんだ。
 いや失敬、君達の歌詞があってこそだったね。すごくいい歌だ。
 どうだい、奮発するから君達も契約しないか?」  

Marshallはお金をもらうどころか、プレス代1500ドルを取られています。
しかし、仲間はもう術中にはまっていて彼の言葉を聞きません。
最終的にはもらうお金の件もうやむやにされ、仲間たちはTRAXから
On The House名義でレコードを出すという条件で契約をしてしまいました。



Curtis Mc Claine And On The House ‎– Let's Get Busy (1988)
郵便局の仲間名義で仕切りなおしたMove Your Body。

※http://www.deephousepage.com
※http://ultraastrum.blogspot.jp/
スポンサーサイト

Marshall Jefferson (中編)

Marshall Jefferson
「俺のレコードがかなり売れたのを見て、TRAXから
 Vince Lawrence名義で"Virgo Trax Again"なんてレコードが
 発売された。あいつは乙女座(Virgo)じゃないのに!」

やる気を失った彼を励ましたのは、Musix Boxでした。
Ron Hardyが彼の曲をプレイし、お客さんが熱狂しているのを
見たMarshallは気を取り直して次のEPに取り掛かります。



Virgo - My Space (1986)
彼はAdonisと「Virgo and Adonis」というレコードを
出すため、一緒に"My Space"という曲を作りました。
それから彼は最初につくった"Free Yourself"と"Under You"、
Adonisは"No Way Back" "The Final Groove"を提供。

Marshall Jefferson
「いまいち"I've Lost Control"みたいなヤバさがないな。
 でもまあ、ひとまず一緒にEPで出してみようか。」

Marshall先輩の優しい一言にAdonisは喜びました。
計5曲のアルバムが完成し、Marshallのレーベルから出そうと
ラリーシャーマンのプレス工場にお金を払います。



Adonis - No Way Back (1986)
しかし、うまくはいきませんでした。ラリーはクラブで
"No Way Back"に熱狂するフロアを見たのです。

ラリーはこれを見て興奮、頭はお金の事でいっぱいです。
「なあAdonis、この曲はEPに入れずに、シングルにしなよ。」
夢のような誘いに、Adonisも飛び上がりました。
「おお、もうEPなんか知らねえ。俺はシングルで出すことにする!」




Virgo - R U Hot Enough (1986)
裏切られたMarshallは仕方なくもう一曲作り、4曲入りEPを完成。
しかしNo Way BackのヒットをきっかけにAdonisはスターになり、
Marshallは儲けるためにスターの名前を利用した
汚い男という評判が立ってしまいました。

Marshall Jefferson (前編)


Marshall Jefferson (September 19th 1959~)

80年代前半、警察官の父と教師の母に育てられ大学生になった彼は
郵便局のバイトでせっせとお金をためていました。だいぶ余裕がでた頃、
ギタリストの友人が楽器屋へ行くのにつきあいます。

店員
「いらっしゃい!これはシーケンサーといってね、キーボードが
 弾けない人でもプロみたいに演奏できるんですよ。」

Marshall Jefferson
「マジかよ、やり方知らなくても音楽が作れるだと?すげえ!
 俺もスティービーワンダーみたいになれるのかよ!!」

友人
「バカ言ってんなよ、売りたいから適当言ってるに決まってんだろ」

店員
「さあさあ、シーケンサーを買ったらキーボードも買わなくちゃ。
 ミキサーも欲しくないかい?あとTB-303っていうのもあってね…」

彼は友人に馬鹿にされつつも、約百万円もの大金で一式を揃えます。
2日後には彼の最初の作品ができあがりました。


Virgo - Free Yourself (1985 Release 1986)

「Jamie Principleはエモーショナルで複雑な曲だったから、俺には
 まだ曲作りなんて早いと思っていた。だけどJesse Saundersは
 俺の作ってるビートトラックスと大差ないつくりだった。
 これなら、俺だってできると思ったね。

 曲作りをはじめて、Music Boxはゲイばかりなので行かなくなった。
 若い女の子をゲットするため、他のクラブに行き始めたんだ。
 しばらくして友人のSleezy DがMusic Boxに行くと、俺の作った曲が
 Ron Hardyにプレイされているって言うじゃないか。」


Sleezy D - I've lost control (1985 Release 1987)

彼は大学を中退し、曲作りに没頭しはじめました。
Jamie PrincipleがFrankie Knuclesに曲を提供したように、
彼の曲はRon Hardyがテープでヘビープレイ。いよいよ次は
レコード作りに取り掛かります。彼は父親がレーベルをやっている
Vince Lawrenceにレコーディングを教えてもらうことにしました。

「俺たちが右も左もわからないころ、あいつだけはハウスなんて
 誰でもクソ簡単に作れることを知ってたんだ。半年の間一緒に
 スタジオにいたけど、『キーボードが汚れてると音が悪い』
 とか難しいことを言ってDX7を部品交換に出したもんだから
 このアルバムはリズムトラックのアルバムになってしまった。
 
 JesseとVinceはみんながハウスのレコードを出してしまうのを
 恐れていたんだろうね。自分たちだけが儲かりたかった。」
 


Virgo - Go Wild Rythm Trax (1985)

そうして苦労の末できあがった彼の初アルバム。
レーベルには彼のあだ名「Virgo(乙女座)」と
大きくサインをして、さあラリーシャーマンのプレス工場へ。

virgo.jpeg

できあがったレコードには、ちゃっかり
"Produced by Vince Lawrence"と書き足されていた。
彼はすっかりやる気をなくし、音楽を辞めようと思っていました。

※http://www.deephousepage.com
※http://ultraastrum.blogspot.jp/
ヒップハウスの世界へようこそ
月別アーカイブ