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イタロハウスのジャック感

80年代シカゴハウスはディスコのベースやフレーズをパクる
=Jackするというところから始まりました。
80年代イタリアのハウスもシカゴやUKの模倣からはじまります。



Frankie Knacklos - Your Love (Remix) (1989)
フランキーナックルズちゃいまっせ、フランキーナッコロズいいまんねん。
これが今はやりのハウス言いましてな。ガーッハッハ!(金歯)

どうでしょうこの潔さ。イタロハウスはシカゴよりも直球で
いろんなものをジャックしています。



S.S.R. ‎– To Be House (1991)
Mr. Fingers ‎– Can You Feel Itにピアノとどっかから取って来た
歌をあわせて軽~いテイストに仕上がりました。
丸々拝借してうまいこと仕上げるテクニックすごいですね。



Arkanoid - Lost In Techno (1992)
Orbital - Chimeをちょっとだけアレンジ。
90年代に入るとUKテクノの影響が大きいですね。
このアーティストはTyree - Video Crashもパクっています。



P.F. - Brain (1990)
初期Warpのブリープテクノ名曲Tricky Discoをベースに
いろんなサンプル乗っけて楽しんでいます。

ブリープテクノって後追いで聴くと物足りなくて、これはきっと
サウンドシステムで聴かないとわからないと思ってました。
イタリアにかかると「退屈だしいろいろ足そうぜ!」って感じ。



MBG ‎– Speed 127 (1990)
こちらもTricky Discoネタ。


X-Sample ‎– Dreamin' In Buristead Road (1991)
こうした大胆なサンプリング使いで楽しくアレンジしたハウスは
日本のディスコでもヒットし、90年代初期のavexコンピに収録されました。
当時は無断カバーのディスコ用12インチもあったし、ゆるい時代でした。
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ヒップハウスは短命?

(93年頃)パラダイスガラージ=NY信仰とナックルズ、モラレスらの
DEF MIX信仰に当てはまらない、シカゴハウス、ヒップハウス、
フリースタイル上がりのラテン、プエルトリカンのNYハウスは
自分の周り意外、見事なまで不人気だった。

(Marginal Recordsブログより)

ヒップハウスを調べていると、「あっという間に廃れた」
というのをよく見かけます。おそらく、TechnotronicやMr.Lee、
M.C.Hammerのダンスブームが一緒くたにバブルの思い出として
華やかな記憶=ヒップハウスになっているのでしょう。

しかし実際のチャートを見てみると
Cookie Crew - Rok Da House (1987) UKチャート5位
T99 - Anastasia (1991) UKチャート14位
と5年ものあいだ、世界的に影響を与えています。

今回は、この期間に日本ではどんなことがあったかを見てみましょう。

1.映画

私をスキーに連れてって (1987) スキー
彼女が水着にきがえたら (1989) スキューバダイビング
波の数だけ抱きしめて  (1991) ミニFM
バブルの象徴、ホイチョイプロダクションズがこの時期です。

2.お笑い

4時ですよ~だ (1987~1989)
夢で逢えたら (1988~1991)
ダウンタウンが4時ですよ~だを開始したのが1987年、
東京進出してごっつええ感じスタートが1991年。

3.音楽

1stアルバム「The Blue Hearts」 (1987)
2ndアルバム「Young and Pretty」(1987)
3rdアルバム「Train-Train」    (1988)
4thアルバム「Bust Waste Hip」 (1990)
5thアルバム「High Kicks」    (1991)
ブルーハーツがメジャーデビューして5枚のアルバムを
次々にリリース、大ヒットしていたのがこの時期。

4.プロレス

たけしプロレス軍団登場 (1987)
前田日明解雇 (1988)
武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也が闘魂三銃士結成 (1988)
「時は来た!」(1990)
第1回G1 CLIMAX開催。蝶野正洋が優勝、人気を得る(1991)

5.漫画

燃える!お兄さん (1987~1991)
ドラゴンボール 桃白白(1987)~フリーザ終了(1991)


6.ゲーム

ファミコン ドラゴンクエスト2 (1987)
ファミコン ドラゴンクエスト3 (1988)
ファミコン ドラゴンクエスト4 (1990)
ファミコン ファイナルファンタジー3 (1990)
スーパーファミコン ファイナルファンタジー4 (1991)



どうでしょう。バブル時代の濃厚な5年間、
すぐだなと思うもの、長く感じるものないでしょうか。
5年間流行り続けるって、結構すごいことです。

ビタミン軍団

いつものようにDiscogsでヒップハウスを調べていると
なんだか気になるアーティストがいました。


Vitamin C - The Chicago Way (1990)
ビタミンC:コラーゲンの生成を助け、血管や皮膚、粘膜や骨を強くし
風邪などの原因となるウイルスが侵入するのを防ぐ。
野菜や果物に多く含まれるが、熱や空気に弱い。

いい曲ですが、なんでこんな名前やねん。
ヒップハウスでみんなを元気に!ということでしょうか。



Vitamin B - A Headache (1991)
ビタミンB:ビタミンB群は、それぞれ助け合いながら、脳や神経、皮膚などの
健康を保つビタミン。加熱すると成分の3割~5割を失ってしまう。
B1・B2はレバーや豆類、B6・B12はレバーや魚類に含まれる。

Martin "Boogieman" Lunaの変名。ビタミンBというユニットなのに
曲名は「頭痛」。最近足りてへんわー思てたんかな。



Vitamin A - Chemical Reaction (1985)
ビタミンA:「目のビタミン」といわれるほど、目との関係が深いビタミン。
目や粘膜、皮膚の健康を保ち、成長を助け、病気の回復を助ける。
レバーに含まれるレチノールと緑黄色野菜に含まれるカロテンの2種類がある。

Hiphopにもいました、ベースプレイヤーAaron Millsの変名。
「ビタミンは消化や吸収、分解、合成などの化学反応(Chemical Reaction)
を助けるぜ!」とは歌ってないと思います。



Vitamin D vs Sudan Freestyle MC Battle
ビタミンD:カルシウムの吸収をたすけ、筋力の維持に役立ち
骨や歯をつくる。太陽の光を浴びることで体内でもつくられる。
魚介類(特にまぐろやかつお)、卵類、きのこ類などに含まれる。
シカゴのフリースタイル勝負、もりあがってますね。
ビタミンD名義は大人気で、この他にもラテンハウスガバヒップホップなど
有名なアーティストが多くいます。丈夫なんでしょうね(何が)。



Vitamin E - Newsroom (1977)
ビタミンE:抗酸化作用があり動脈硬化や老化、がんの予防に効果がある。
ヒマワリ油など植物油に多く含まれるが酸化しやすいため、
ドレッシングなど、加熱しないでそのまま食べるのがおすすめ。

ものすごくかっこいいディスコ!正直、ふざけた気持ちで探っていたので
こんなかっこいい音楽につぎつぎ出会えるとは思いませんでした。
このアーティストはMUROさんのMIX CDにも使われています。


ダンスミュージックに、こんなにもビタミン名義がいるとは意外でした。
2001年ドイツのコンピに唯一確認されているシンセポップアーティスト
「ビタミン寿司」はどんな奴なんだろう。板前っぽいのであって欲しい。

シカゴ・デトロイトのテレビ番組

これまでダンス甲子園やDADAなど、日本のテレビを紹介してきました。
今回は、海外のテレビで当時の雰囲気を見てみましょう。


The Scene (70年代後半~1987年)
デトロイトのローカル局で、平日の夕食時にやっていた番組。
Soul Train(1971~)のローカル版として誕生しました。

まだ、内装も衣装もディスコ感がありますね。
両側で踊って花道をつくるスタイルがすでに出来ています。


これは最古のJit??




The New Dance Show (1988年~90年代中頃)
The Sceneが終了した翌年、同じプロデューサーがふたたび登板。
服装はバブルになり、雰囲気が深夜番組っぽい感じに。


Jitが進化し、足をバタつかせる人が増えてきました。




U Dance with B96 (1995~1997)
シカゴのローカル局ではじまったダンス番組。
ミニマルテクノブームも何のその
あいかわらずハウスで足をバタバタしています。


DJ Funk & Fast Eddieのライブ。
あのDJ FUNKがテンション低く裏方にまわっています。イヤやったんかな。




シカゴのいま。子供から大人まで楽しそうです。

No Way Back / Do it Properly(ちゃんとやれ)

2 Puerto Ricans, a Blackman, and a Dominican (1987~)は
ニューヨークのハウスユニット。


David Morales (1961~) (Puerto Ricans) …有名ハウスプロデューサー

Robert Clivillés (1964~) (Puerto Ricans)…後のC+C Music Factory
David Cole (1962–1995) (Blackman)…後のC+C Music Factory
Chep Nuñez (1964-1990) (Dominican)…エディットの名手
有名人が集まったこのグループは、まずシカゴハウスの模倣から始めます。


Adonis - No Way Back (1986)
「アシッド仏陀」の愛称を持つADONISによる名曲。

C+Cの二人は、この曲をベースにシカゴメガMIX的な曲を作りました。


Do It Properly (Fierce Club Mix) (1987)
C+C「シカゴのクラブってこんな感じじゃなかった?」


Do It Properly (DEF Mix) (1987)
David Morales「歌よりシンセ弾きまくってる方がよくね?」


Adonis - Do It Properly (1987)
Adonis「俺のベース使ってかっちりやろうや」


Adonis - Do It Properly (1987)
Adonis「シカゴネタもっと入れてアシッドにしてみたで」


The Brat Pack - So Many Ways (Do It Properly Part II) (1988)
C+C「プロデュースすることになったけどこれでええやろ、2や2。」


当時のカセットやラジオ文化の中、リリースされてない
その場だけのメガミックス音源はこんな感じだったのかも。
レジェンド達が若い頃、シカゴもニューヨークもなく
トキワ荘的な影響の与え合いで成長していた感じ、いいですね。



曲は世界中でヒットし、日本のディスコでも流れていました。
ヒップハウスの世界へようこそ
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