スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2 Unlimited (オランダ)


2 Unlimitedはオランダのユニット。
ラッパーRay SlingaardとシンガーAnita Dothの二人は
1971年、偶然にもアムステルダムの同じ病院で生まれました。

Rayはスリナムからやってきたシェフの息子。
学生時代は授業をサボってはSnoopにあこがれてラップを書き、
空港のシェフに就職してからも音楽のスターを夢見ていました。



Marvin D ‎– Make That Move (1990)
彼の友人Marvin DはTony Scottと同じFabian Lenssenの
プロデュースでヒップハウスをリリースしていた有名人。
Rayは彼のライブが盛り上がってないと見るや乱入し
マイクを奪い大ウケ、これをきっかけに音楽活動をはじめます。

Anitaは警察の交通課で秘書を担当。
Marvin Dは彼女を自分のダンサー兼バックシンガーとして誘いましたが
セクシーに立ってるだけの作業に飽きてしまっていたので
Rayと一緒にシンガーとしてデビューすることを薦めました。



2 Unlimited ‎– Get Ready For This (1991)
1991年4月 Phil WildeとJean-Paul DeCosterは
インストでこの曲をリリース、UKでNo.2を記録しました。
Rayは二人にコンタクトをとり、自分のラップとAnitaのボーカルを
入れることを提案。9月に改めて発売されたこのバージョンは
ヨーロッパ、オーストラリア、日本で大ヒットしました。



2 Unlimited ‎– Twilight Zone (1992)
1992年5月 4人の共同作業で曲作りは続きます。
この曲は多くの国でナンバーワンになり、ビルボードの
一般チャートでも48位を記録。この流れでリリースされた
ファーストアルバムは200万枚を超える超ヒットになりました。



2 Unlimited ‎– No Limit (1992) 吉本印天然素材
1992年 ワールドツアーで日本に来た彼らは空港からのバスで
この曲のデモを聞き、ウケないんじゃないかと心配していました。
しかし日本のファンはこの知らない曲にも即反応し大盛り上がり。
今では彼らの代表曲になっています。 テクノ!テクノ!



2 Unlimited ‎– Jump For Joy (1996)
1996年 RayはHip Hopをもっとやりたい、Anitaはダンスをしたいという
希望があったため二人はグループを抜けることを決意しました。
しかしそれは表向きの理由。

2001年のAnitaへのインタビューによると、当時Rayは多くの女性ファンに
手をつけ、Anitaに対しては攻撃的な側面があったそうです。だけどストレスが
半端じゃなかったのでそれは理解できる。それよりも、プロデューサー兼
財政担当のJean-Paul DeCosterがとんでもない守銭奴だと非難しました。

脱退後にDeCosterはAnitaがバンドを破壊したと訴えるも敗訴。
彼女のもらうギャラはあまりに安かったと認められ、さかのぼって
支払う羽目になりました。

二人が抜けた後もDeCosterは別の女性二人を起用し、
新生2 unlimitedとして活動するも1998年に解散。

RayはMarvin DらとVIP Allstars名義でHip Hopをリリースし
AnitaはTodd TerryやAdamskiにプロデュースされていました。



2009年4月11日 彼らはベルギーの「I Love The 90s」というパーティーで
再結成。しかし揉めたJean-Paul DeCosterがユニット名の使用を
許さなかったので、このときはRay&Anitaとして復活しました。
この時のオケはPhil Wildeが担当。間奏でさり気なくワブルベースが。

2012年7月11日 DeCosterと和解し2 Unlimitedとして正式に復活。
二人は各地のフェスに出演して大盛り上がりを見せています。
また、この年にはおめでたいニュースも。こちらのブログによれば
寿司が好きなRayに第一子が誕生し、新メンバーになったそうです。
スポンサーサイト
ヒップハウスの世界へようこそ
月別アーカイブ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。